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~「しつけ」について思う~

2020年2月19日付けの日本経済新聞に“「子に苦痛」は体罰、厚労省指針 しつけとの差を明確に”


という記事がありました。


先日もある生徒さんから「この教室の先生(私)は、優しすぎてしつけはイマイチやな、とお母さんが言ってた」と聞いて“あれっ”と思っていた矢先の記事でした。


このお母さんは、“しつけ”と言う言葉を、いったいどのように理解されているのでしょうか。


しつけ(躾)とは「礼儀作法を身につけさせること。また身に付いた礼儀作法。」(広辞苑)


「人間社会・集団の規範、規律や礼儀作法など慣習に合った立ち振る舞いができるように、訓練すること。概念的には伝統的な子どもへの褒め方や罰し方も含む。」(ウキペディア)とあります。


新聞によると厚労省の指針では、こどもへの身体の苦痛や不快感を与える行為を体罰と初めて定義し、具体例として「頬をたたく」「夕飯を与えない」などの類型を上げています。


しつけ(躾)と称した体罰や虐待になる事件が起こっていることへの対策だと思いますが、子育て中の方は、しつけ(躾)とはどのようなことであるかは、再確認しておきたいですね。


我が家のやり方を教えたり、社会慣習にあうように礼儀作法等を教えることは必要ですが、それと暴力によるものとは、もともと違います。叱ったり、怒ったりしなくても躾はできるはずですよね。


例えば、私の教室では、お手洗いに行くときは、生徒さんはどの子も必ず「お手洗いお借りします」と声をかけてくれます。もし、誰かが使用中であった時に、指導者が使っていることを知らせたり、腹痛などの場合、体調を尋ねたりできるので、声掛けして頂くようにしています。これも一つの躾だと思っています。教室開設当初は皆さんに説明していましたが、今では新しく入会してきた生徒さんも教えなくてもそうしてくれます。教室で自然にできていることだから、ここはこうだな、とわかるからだと思います。このように自然に身に着くようにすることも一つの躾だと思うのです。できないからと言って怒らなくても何回か理由を説明することで身についていきます。他のことも同じようなことだと思います。できたことを認める方法で躾をしていくことも難しいことではないと思うのです。


では、躾というと、怒ったり叩いたりするイメージが取れないのはなぜでしょうか?


今までの社会の中で、社会習慣を身に付けさせるには、また、正しいことを教えるには、間違った時に怒ること、みたいなイメージがついてしまっているのでしょうね。


体罰や、虐待と躾はそもそも比べたり、並べて考えたりするものではないと思います。


これを、TAの理論でみてみると、イヤな思い出と共に身についた習慣は、自分の人生にマイナスに作用することが多くなってしまいます。マイナスの関わりで身に付いたことは決して楽しいものにはなりません。自己肯定感は親や親しい大人から認めてもらえることで育っていきます。幼児初期までに子どもの自己肯定感を育てることは、その後の人生に大きな影響を与えます。


子どもの発達について興味のある人は、ぜひハッピーママの会にご参加くださいね。


楽しくTAを学びましょう。ご参加お待ちしています。           With JOY




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